北方領土の神様をお預かりしてる神社「根室 金刀比羅神社」

日本の本土最東端がある北海道根室市。

そこにある金刀比羅神社という神社をご存知でしょうか?

実は、北方領土の神様をお預かりしてる神社なんです。

この記事では、根室にある金刀比羅神社についてと、北方領土問題について簡単に説明してまいります。

金刀比羅神社の場所

まずは金刀比羅神社の場所について説明してまいります。

北海道はかなり広い上に、根室方面で金刀比羅神社に行こうとすると、Googleマップ上では摂社なども出てくるため、少し迷ってしまう人もいるようです。

こちらが金刀比羅神社の場所になります。

ここから20分ほど車を走らせると、本土最東端の地があるほど端っこです。

この金刀比羅神社で御朱印をもらうと、本土最東端と書かれております。

そして、「祈 返還 北方領土」とも書かれております。

冒頭にも述べたように、こちらの金刀比羅神社には、北方領土の神様がお預かりしてあります。

なぜ北方領土が領土問題に発展したのか?という部分については、後ほど簡単に解説させていただきます。

詳細記事については、それだけで一つの本が書けそうなほど長くなってしまうので、別記事にてご説明させていただきます。

金刀比羅神社でお預かりしてる神様

北方領土は、北海道の東側に位置する4つの島のことを指し、北方四島とも呼ばれております。

先の大戦以前には、千島列島に69社の神社が存在していたことが確認されております。

昭和20年の終戦直後、北方四島はソ連(現ロシア)の不法占拠され、17,291人いた島民達は、故郷の島を追われることとなりました。

金刀比羅神社には、島の方々が身を挺して奉遷された11社の御神体をお預かりされております。

毎年各社例祭日には、元島民をはじめとする方々が金刀比羅神社社殿に於いて祭典を行い、一日も早い北方領土の返還を祈念しております。  

金刀比羅神社で御神体をお預かりされている神社

島 名神 社 名
多楽島市杵島神社
国後島近布内神社
多楽島金刀比羅神社
色丹島色丹神社
志発島金刀比羅神社
水晶島金刀比羅神社
水晶島市杵島神社
志発島西浦泊稲荷神社
多楽島大海竜王神社
国後島老登山神社
国後島東沸神社
根室金比羅神社サイトより

※北方四島の中の歯舞郡島には小さな島がたくさんあり、その島の名前で表記しております。

終戦時の各島の日本人の数と神社の数

金刀比羅神社で御神体をお預かりされている神社については上記で示す通りですが、終戦時にはどのくらいの日本人がこの北方領土に住んでいて、どのくらいの神社が存在したのでしょうか。

水晶島秋勇留島勇留島志発島多楽島色丹島国後島択捉島中・北千島合計
神社数4113392816469
人口986885012,2491,4571,0387,3643,608不明17,291
根室金比羅神社サイトより

筆者の個人的な感想を述べるのならば、想定していたよりも多い人口、神社数が存在していたのだと感じました。

想定していた数字が少なかった理由として、北方領土が小さな島だと思っていたからだと思います。

その大きさを調べてみると、国後島は沖縄本島(1,207km2)より広く、佐渡島(855km2)の約2倍もあります。

択捉島は、鳥取県(3,507km2)に近い面積であり、北方領土全土の広さは福岡県(4,986km2)より大きいのです。(参考:内閣府

金刀比羅神社の境内

境内についてご紹介したいと思います。

神社には駐車場があり、駐車場の鳥居から外を眺めると海が見えます。

筆者が訪れた時は新型コロナの関係で、手水舎は自動になっていました。

境内全体はこのような形で示されておりました。

これを見ると、かなり広いのかな?と感じるかも知れませんが、歩いてみるとそんなに広くはないです。

御朱印をもらえるところの横には、立派な御神輿が展示されており、壁一面には過去のお祭りの写真がたくさん展示されておりました。

訪れた方の場所を示すシールがあり、日本各地からお参りに来ている事がわかります。

北方領土の神社の風景写真や、北方領土に存在する神社についての情報を見ることもできます。

筆者自身、北海道出身ではありますが北方領土について、または、ここに存在する神社については知らなかったので、勉強する良き機会となりました。

今どうなってるのかが心配なところではありますね。

境内にはたくさんの石碑があります。

とても大切にされてきた神社なんですね。

境内にある展望台からは弁天島が見え、市杵島神社を見ることができます。

決して大きな神社ではありませんが、「歴史を知る」という意味では一度は訪れておきたい神社です。

そもそもどうして領土問題に発展したのか

元々北方領土は、日本人により開拓され、日本人が住みつづけた島々です。

しかし、これら北方四島は1945年(昭和20年) 8月の第二次世界大戦終了直後、ソ連軍により不法に占拠され、日本人の住めない島々になってしまいました。

北方四島は、歴史的にみても、一度も外国の領土になったことがない我が国固有の領土であり、また、国際的諸取決めからみても、我が国に帰属すべき領土であることは疑う余地もありません。

北方領土問題とは、先の大戦後、70年以上が経過した今も、なお、ロシアの不法占拠の下に置かれている我が国固有の領土である北方四島の返還を一日も早く実現するという、まさに国家の主権にかかわる重大な課題です。

こちらの問題について改めて別記事にて書いていきます。

過去にテレビのインタビューで「揉めるくらいならあげちゃえばいいのに」という言葉を聞いたことがあります。

そこに住んでいた人々の気持ちを考えるとそんな軽率な事は言えないし、過去の歴史を見て一度それを許すと次は別の島(北方領土の場合、次は北海道)が狙われるのは明らかです。

不法占拠され70年以上経過してしまったからこそ、当時を知らない私たちがきちんと当時のことを学んでいく必要があるのではないかと思います。